ロワール県、クール・シュベルニー--今日も人々が自由に行き来するお城の病院。
その大広間には、かつてジゼラ・パンコフの自宅サロンを飾っていた抽象画が掛かっている。
一冊の本の頁をめくる中で、偶然に「発見した」この一致に背を押され、手繰り寄せた糸の先は、はるか日本に繫がる。
50年代にフランスに渡り、82年にその生涯を閉じるまでフランスで活躍を続けた日本人画家ポール・藤野。
アンリ・マティスに影響を受けた切り紙技法で、独自のスタイルを築いた。
パンコフと藤野を結ぶ縁には、イエズス会神父が関わった可能性があるものの、その詳細は明らかではない。パンコフには非常に親しい神父がおり、また一方で藤野に大学の講堂の壁画を依頼した神父がいた。
確かなのは、パンコフを偲ぶ会で「この絵はお城の病院に」という話が持ち上がり、寄贈されたということである。
2025年--大広間の右奥のソファには、今日も決まって一人の滞在者が身を横たえている。
お気に入りの場所なのだろう。
そこに横になれば普段の険しい表情は消え、柔らかな眠りに落ちる。
目覚めて去り、また戻る。去る、戻る。去る、戻る。
時間が擦れたソファは、彼の存在を静かに証している。
このソファを向かい合うように掛けられた藤野の絵。
藤野が描く線と、ソファに生じた裂け目が、この空間で交わって重なる。
この絵もまた、自分にふさわしい居場所を見つけただろうか。
